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琉球エアコミューターから見えた海面

海を求めて沖縄へ弾丸ロケ

 ハテの浜までの道のりは、順調ではなかった。飛行機で那覇まで行って那覇港からフェリーで久米島へ行くはずが、飛行機が遅れフェリーに乗れず、結局那覇からまた飛行機で久米島へ飛ぶしかなかった。さらにその飛行機も遅れ、久米島に着いたのはもう夕方で、バスもなくタクシーで宿まで向かった。Kに愚痴ると「旅ってそんなもんよ」と言われそういうものかと気持ちが収まった。しかし那覇から久米島までの空の旅30分の間、上空から沖縄の海を眺めることができた。あまり高くを飛んでいないためか、雲の切れ目から海がやけに鮮やかに見え、また小さな島々も確認できた。飛行機は小さな空港へと降り立つとき、海の上ギリギリを滑って滑走路へと着地した。外に出ると海から風が強く吹いていた。

1日目
 ようやく京都の長い冬が終わり桜が咲き始めた頃、僕は沖縄に飛んだ。僕の気持ちはお花見よりも海である。聞いた話によると沖縄はもう桜が散って初夏の趣だと言う。未だ沖縄には行ったことがない。今度「オーシャン」という展覧会をする。そのために海というものがどんなものなのか体感する必要がある。と、いうのは大目的で、ただ気分をサッパリさせたいというのが本当のところかもしれない。目的地は「ハテの浜」。久米島という離島からさらにボートで渡った離れ小島のビーチだ。「沖縄 白い 浜」で検索して出てきたのだと思う。白い浜と青い海、そういう場所らしい。

イーフビーチへの入り口
久米島空港

 空港から宿までのタクシーの道中に見た島の景色は非常に穏やかだった。高い建物も山も無く僕が生まれ育った淡路島にちょっと似ていた。しかし田畑や植物の種類が熱帯特有のものだと感じられた。タクシーの運転手さんは沖縄の方言丸出しで、時々何を話されているかわからなかったが、「減反政策でここらの田んぼはみんなサトウキビ畑になった」「サトウキビの収穫期日は決まっていて、もうほとんどが収穫されたが少し残っている畑もある」「ハテの浜は風が吹くと寒い」「宿の近くは高いものから安いものまで食べるところには困らない」等有益な情報を頂いた。宿に着いたのは17時くらいだっただろうか。宿には女将さん以外に誰もいなかった。宿からビーチが近いというので、歩いてみることにした。しかし迷って、30分くらいビーチ沿いに歩いてしまった。途中で子どもたちが元気に遊んでいた。

波打ち際と水平線

2日目
 次の日の朝。ハテの浜へのツアーの送迎バスが来るまでの間、またイーフビーチを歩いてみることにした。外に出ると日差しが照っていて、少し暑いくらいだ。パーカーを脱いでビーチへと入ると、昨日とはまた違う、朝の光をいっぱいに浴びる海の姿があった。海の色も澄んで空の色を映しているみたい。そうか、空が晴れないと海も晴れないのだなと思った。海岸の波はキラキラと輝いていた。その光はずっと向こうの水平線まで続いていた。海と太陽が初めて出会っているようだった。朝の海は大変美しい。先日淡路島に帰省した際、朝早くに明石海峡大橋から眺めた海も輝いていたのを思い出した。浜辺に人がやってきて、干してあったサーフボードを手に取ると海へと繰り出した。僕がまたビーチコーミングをしている間に、気づくとサーファーは沖まで進んでいた。すごく気持ちが良さそうだった。犬を連れて近所の方が浜辺にやってきた。そろそろバスがやってくる時間だったが、ギリギリまで写真を撮るなどしてイーフビーチとの別れを惜しんだ。

 小さな入り口を見つけて進むと海が待っていた。初めて見る沖縄のビーチは、僕の知っているものと違って見えた。海が綺麗なのはもちろんだが、浜が白いのだ。波打ち際に近づくとサンゴが大量に落ちていて、ああこの浜は沖縄の浜なんだなと思った。広々としたビーチだったが、こんな風に佇んでいるのは僕一人だけだった。珍しい貝や漂流物を見つけたくてずっと海岸線を歩くことにした。あまりピンとくるものは落ちていなかったが、一時間くらい拾っては歩き続けた。小さな丸いブイを拾った。浜辺に小さな花が咲いているのを見つけた。イーフビーチは確かに美しかった。日が暮れるまでそこで過ごした。絶え間なく寄せては返す波の姿を観察していると、生命力を感じた。海は常に動き新しく入れ替わっている。しかし波の遠くの水平線はいつも変わらず一定だ。その二つの景色は、海が永遠に自由であることを示しているようだった。

ハテの浜のエントランス
イーフビーチの朝

 ボートはそのまま乗り付け、僕らはハテの浜へと降り立った。全長いくらと聞いていたが、想像より小さな浜だった。見渡すと何もなく、海だけがあった。浜辺はイーフビーチよりさらに白い。だから海もより鮮やかに見えた。どこからともなく風がビュービュー吹いていて、思わず僕はパーカーを着込んだ。日差しはあるが風が強く打ち付けてちょっと寒い。でも心地よかった。さて、ここからは自由行動で1時間半。何をしようか、手にするのはカメラと、ビニール袋。ずーっと浜辺を一周してみよう。海と浜とその間だけの世界で、ゆっくりと自分のペースで一人、貝やサンゴを拾いながら歩いた。

 いよいよ宿からハテの浜ツアーのバスに乗り込み、ボートが出る港まで向かう。途中で参加者を拾って5名くらいか、港に着くと他にも参加者がいて全員で20名ほどだった。こんなにも観光客がいたのだな、とその時初めて思った。ボートは小さく、全員乗り込むとちょうど定員だった。中央に穴が空いていてガラス張りになっており、道中海の底を眺めることが出来た。覗き込むとサンゴや魚たちがはっきりと確認できた。海の中の世界は思ったほど華やかではなく、スッキリしていてどこか僕には理路整然として見えた。ガイドさんの楽しい解説を聞きつつ、海の底を眺めたり、外の景色を眺めたり、30分くらいすると前方に真っ白な地形が見えてきた。ハテの浜に到着した。

透明な波打ち際
淡いブルーが広がる

 ハテの浜での時間は、僕と海との距離を縮めてくれたような気がする。というより自分の方が海へと広がったというべきか。陸と海が地続きに繋がったような感覚。僕の心は海洋へと開放されたのだ。

 サンダルに履き替えてきたから、波に足を浸けながら波打ち際を辿っていった。海はひんやりと冷たく、波で舞い上がった砂が肌を優しく撫でた。ネットの映像で見たハテの浜の印象はただきれいというだけであったが、現実はもっと色々なものを含み溶け合っていた。浜辺は一定ではなく藻が生い茂る岩場やサンゴの残骸が密集したところなど、歩いていけば起伏に富んでいた。それに合わせて海の色も浅瀬は淡く、深いところは濃く変化した。遠くから見れば真っ白いだけの砂浜も座り込んで目を凝らせば小さな貝がどこまでも見えた。当然ゴミもたくさん落ちていた。電球や瓶がたくさん流れ着いていた。波の方向によるのだろうか、ゴミが流れ着く場所と、まったく綺麗なままの場所があった。全てがぴったりと合わさってハテの浜を形作っていた。上空から見たらどのような形なのだろうか。ふとそんなことを考えたり、何も考えない瞬間もあった。

大きな甲羅を背負ったウミガメ
浜辺から水平線まで

 港に戻るとフェリー乗り場へと移動し、昼食を済ませた。14時にフェリーは出港し、3時間かけて那覇港へと向かう。波が少し激しかったのか船内はグラグラと揺れ寝るにも寝られない。デッキに出て海を眺めると、波しぶきが腕に飛んできた。今朝の海ともまた違う、深くブルーが凝縮された巨大な海の姿があった。僕はちょっと怖くなり客室に戻って、テレビを見て過ごすことにした。やがて那覇の街並みが見え、ゆっくりと時間をかけてフェリーは港に止まった。

 帰りのボートの中で海の底を眺めていると、幸運にもウミガメに出会うことができた。サンゴの上で瞼を閉じて静かに寝ていた。サンゴの周りにはクマノミなど魚たちが忙しなく感情豊かに暮らしていた。

空港から一番近い波の上ビーチ

フェリーから見た海

 庭園を跡にしてたどり着いたのは小さなビーチだった。親子連れで遊んだり、体を焼いている人たちがいて、もうとっくに海開きされていた。夏のような日差しで、Tシャツ一枚で歩いてきたが汗がじっとりと出てきていた。今年初めてかいた汗だ。とにかく喉が渇いてお茶をゴクゴク飲んだ。時間があるので海沿いにまた歩いた。公園で猫に何匹も出会った。海の特に港の近くにはなぜか猫が多い。淡路島の丸山港にも猫がいたっけな。海猫はみんなクールな表情をしていた。橋の下に影を見つけ、テトラポッドの上に座って、港の風景を見ていた。近くから潮の匂いがした。小さな船が行ったり来たりしていた。

3日目
 沖縄滞在最後の日はフリーにしていた。国際通りで面白い貝殻のショップを見つけて買い物を楽しんだ。昼食は贅沢にもステーキを食べた。しかし、やはり海のことが気にかかる。最後にもう一度海の姿を見なければいけない気がして、最寄りのビーチまで歩いた。途中で中国庭園にふらっと入った。広い敷地内に中国式の建築と沖縄の草木が融合していた。ニョキニョキとそびえる樹木の力強さに驚いた。庭園には要所要所に奇妙な岩が置かれていた。見ると岩の至るところにすっぽりと穴が空いている。おそらく水流に長時間晒されたものだろう。素晴らしい無重力彫刻だ、写真をたくさん撮った。

最後に那覇空港から見た海

若狭公園近くの海岸

 最後にかき氷を食べてから空港へとモノレールで向かった。初めて旅した沖縄はまた訪れたくなる場所だった。帰ったら、思いきり絵を描いてやらなければいけない。そう思った。帰ったら絵のために、思いっきり、気持ちよくなれますように。

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